2018年1月1日のNHKスペシャル「平成タイムトラベラー~あなたと私の30年~」に芦田愛菜が出演。
NHKスペシャルは、NHKのドキュメンタリー番組である。
平成元年に始まったNHKスペシャル。今回3000本を越える番組を再見し、日本にとって平成はどんな時代だったか振り返る。さらにツアーバスで平成ゆかりの地をめぐり、時代の空気を再体験していく。
バスの中でアナウンサーが見せたのは、『平成』という文字が書かれたもの。芦田さん何だかわかります?と質問。芦田愛菜は「小渕官房長官が、あの~平成、新しい年号は平成ですって時に持ってらっしゃった物と似てる」と言った。よく知ってましたね、生まれる前ですよねと聞くと、芦田愛菜は「教科書とかで・・・社会・・・写真とか説明とかで・・・ですね。はい。」と話してた。また、芦田さんは何が一番印象に残っているかという質問には「なんですかね・・・でも消費税が上がったこと・・・とか・・・今まで5パーセントだったのが急に8パーセントになって」と答えていた。
◆「バブル崩壊」から「失われた20年」へ
やって来たのは茅場町。ここでタブレットを芦田愛菜に持たせ、画面をタップ。すると平成9年11月25日の時の画像が表示されていた。何と書いてあるか言われ、芦田愛菜は「山一證券株式会社」と言った。
平成9年11月24日。当時の「山一證券」があった場所である。経営破綻をし入り口に客が押しかける映像や、野澤正平社長の謝罪会見の様子を伝えた。
バスの中で元山一證券の方に芦田愛菜が「バルブの時代っていうのはどういう時代でしたか?」と質問。すると、タクシーをつかまえようとしてもつかまらず、1万円をふっていた。また、乗車拒否は当たり前というよな事を話していた。
芦田さんはバブルの時代は生きてみたいですか?と聞かれ、芦田愛菜は「いや~でも、ん~どうなんですかね。ふふふふっ。でも崩壊しちゃったら、ちょっとまたつらい気が・・・」と言っていた。
活気を呈していたバブルの時代がはじけちゃう事がそうぞうできるか?聞かれると、芦田愛菜は「いや~・・・どんな気持ちでしたか?」と元山一證券の方に質問を投げた。すると、「100年続いた会社なので最期はきれいにお客様にお返して終わろう」と社員同士で話したことを明かした。芦田愛菜は、真剣に話を聞いていた。
◆「失われた20年」から日本は「格差社会」へ
次に到着したのは、日比谷公園。タブレットで平成21年1月2日の日比谷公園にタイムスリップ。
景気の低迷によるリストラで仕事や家を失った人が年越し派遣村で年を越した。「失われた20年」から日本は「格差社会」へと突入。非正規の労働者が増えていった。フリーターという言葉は、平成から使われたもの。非正規雇用が平成28年には37.5%に。働いていても生活保護水準以下の暮らししかできないワーキングプアが社会問題化したのであった。
バスは、JRのガードしたを通過。芦田愛菜「え~~!凄い!通れるんですね!」とビックリしていた。
しばらくして、バスに誰かが乗り込んできた。その名は「たかまつ なな」。話題の人だというが、知っているか芦田愛菜に聞いてみると、芦田愛菜は「すいません」と一言。
お笑いのネタを持ってきたというたかまつ。披露することに。しかし、ガイドさんが「上を見上げてください。東京タワーが見えて参りました~。」と言うと、一斉に上を見上げ、お笑いタイムは終わるのであった。
◆日本を襲った”グローバルリズム”
訪れた場所は、東京ミッドタウン。最も人気なスポットで世界的なグローバル企業がひしめく町。
タブレットをタップし現れたのは、防衛庁。平成12年までは防衛庁があったのが、この東京ミッドタウンである。
そこへ、外人さんが登場。ロバート・キャンベルさんが英語で会話をはじめる。名前はアーロンでオーストラリアの人。ミッドナイトタウンで働いているようだ。
話をすすめていると、アナウンサーが芦田愛菜に「英語で」と話を振る。芦田愛菜は「え~!いやいやいや、話せないです。」と言いつつも、「いや・・・Thank You!」と言っていた。
日本がグローバル化の激しい波に飲み込まれたのも平成の時代。外国人社長も増え、日産のゴーン社長はグローバルスタンダードを徹底する経営手法は日本社会に衝撃を与えた。ゴーン社長が大谷さんに与えた課題は全購買費の20%減のコスト削減案を作り上げる事。8割を日産に依存してきた部品会社は、工場の閉鎖や人員削減、賃金カットを決める事となった。
平成20年のアメリカの投資会社が破綻した事で発生したリーマンショックがグローバル化の発端ともいえる。自由主義圏においては、グローバルな資本移動を止める力はないと経済学者は話していた。
◆”グローバルリズム”と”コミュニケーション”
バスでロバートさんに、外国人と一緒に仕事をする可能性もある。どんな風にしたら面白くなるかと質問されると、芦田愛菜は「そうですね、でも小学生の時から週2回とかですけど、あったりとかして、すごく外国の方と接するっていうのが、すごく身近になってきてると思うので、英語とか使えるようになりたいなとは思いますし、どんどん・・・その・・外国のいい所と、日本のいい所を、こう・・・なんだろう・・・コミュニケーションとって、取り入れるというのが出来たらいいと思います。」と答えていた。
また、英語はどうかとロバートさんに聞かれると、芦田愛菜は「英語・・・でも、やっぱりこう・・言い回しとか、日本語にももちろんありますけど、文化が違うからこそある言い回しとかもあるじゃないですか。そういうのも、面白いなと思いますね。こう、例えばニワトリの鳴き声1つでも違ったりとか、文化が違うけど、でも同じように感じる事は、やっぱあって、そういうのが繋がっていくのも面白いですよね。」と言っていた。留学はしたいか聞かれると、「あ!してみたいです!」と芦田愛菜は答えていた。
◆コミュニケーション改革「ベル友」から「AI」へ
到着したのはグーグル日本法人。コミュニケーションの方法も平成の30年間で大きく変化した。
最先端はAIスピーカー。20年前はポケットベルが最先端だった。それがAIと人間のコミュニケーションが可能な時代が来ようとしている。番組内では、pepper君が「マル・マル・モリ・モリ」を踊っているシーンが流れた。
◆探訪!国会議事堂
永田町にやってきた一行は、国会議事堂を探訪する。
アナウンサーが突然質問をする。「これなんですか?」と。芦田愛菜は「何ですかこれ?」「え?何ですかねこれ。でもお手洗いとかでもなさそう・・絶対違いますよね。」と。正解は、酸素ボックス。見てビックリする芦田愛菜。
◆海を渡る自衛隊~世界の中で~
衆議院の本会議場へやってきた一行。タブレットで平成4年、自衛隊が国連平和維持活動に参加できるようにするための法案の審議を見た芦田愛菜は「すごい!・・・ゆっくり?」と言った。
法案に反対する人たちがゆっくり歩き時間をかけて投票した事から、牛歩国会と言われている。平成2年の湾岸戦争の際に人的貢献をしなかった事で日本は世界の一部の国から非難を浴びる事となった。そのためPKO(国連平和維持活動)に参加することとなった。世界の向き合い方を模索する時代が平成そのものだったと思うとロバートは語った。
◆”第二の敗戦”東日本大震災
東日本大震災の時に、誰もが感じた気持ちを忘れてはならないと、作家の高村薫さんは言う。人はいくらでも変われる。人らしく生きることは不可能ではない。
◆次の時代をどう生きるのか
たかまつななが、バス内で、政治参加についての授業を披露。若者20代の投票率は3人に1人。また全予算の教育関係費の割合は5.5%であり、先進国の中でも非常に少ないと言われている。また、最後に自分達が損をしていることを知ることからはじめて、政治参加をして欲しいということを話していた。
映画監督の山田洋次さんの映画である「幸福の黄色いハンカチ」の舞台となった北海道・夕張の炭鉱住宅跡。平成に入り、人々はこの場所を訪れ黄色い紙を壁や天井に貼るようになった。東日本大震災を経験し、黄色い紙には自分の幸せだけでなくみんなの幸せを願う言葉が増えているという。平成の次の時代には、幸せの在り方を自分達一人一人で見つけていくことが大切だと監督は語った。
今日のバス旅について、芦田愛菜は「自分の知らない平成っていうのを色んな方にお話を聞けて、すごく面白かったですし、もうすぐ平成っていう時代が終わってしまうので、どんな時代だったのか、あと改めてこう節目の時期として・・・なんか今年、色々調べてみたいと思いました」と話した。
愛菜ちゃん、寒い中学校帰りのお仕事お疲れ様でした、とても寒かったでしょうね。それから今回のロケの衣装は冬らしくて清楚な愛菜ちゃんにはピッタリでしたね♪♪